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2012.07.17

改続時代

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**今日の迷言**

0%案
15%案
20-25%案
そういう議論ぢゃなくって
もっと根幹にある疑問をナントカして欲しい



----->゜))))彡



原発には否定的ですが
今の脱原発の流れには乗れないポンニュウです



毎日言ってるワケでも
声高に叫んでるワケでもないけど
要所要所ではしっかり言ってきたつもりだし
自分の立ってる場所に負目があるとは思ってません

だもんで今回
これからお話する内容は
「脱原発派」を否定するワケでも
「原子力推進派」を応援するワケでもなく
自分の思ってる内容が報道論議されんのが
不思議で不思議でもしかしてオレって変なのか?
ってその辺を聞きたいのが本音だったりします<(゚∀゚*)

ってコトで
異論反駁ありましたら
ココやアタシに直攻撃するのではなく
アタシの文面の内容を直否定するのではなく

自身のお庭に帰ってから
自身の論理を主張増強することをもって
アタシが気がつくようにしていただければ幸いです



ってことで本編のはじまりはじまり~

※書き溜めてた複数のテキストを
 ミスリード防止にまとめて編集アップしてるので
 鬼長文ですからお時間あるときにチャラ~ンとどうぞ♪



----->゜))))彡



アタシのような無学な者でも
「放射能」は健康によくないと思ってるし
「原発」は「在る」べきではなかったと思うのよ

っていうか
今の日本の人間で
核のゴミを含む原発関係全てを
魔法のように消し去ることができるとしたら
消し去ってしまうことに異を唱える人間がいるのだろうか

だからアタシだって
「原発」が是か非かと問われたら
躊躇なく間違いなく「非」だと応えるでしょう

しかしながら
「原発」を止めるという
「原発」を簡単に止めればいいと叫ぶ
「脱原発」の動きにはまだ賛同しかねるのデス

むしろちょっと教えて欲しいくらいなのデス



----->゜))))彡



■「システム」の話



「原発」っていわばパンドラの箱のようなもの
開けてしまってもう閉められないはず
止めたところで消えないもの
「核のゴミ」は

とりあえず出発した「原発号」という機関車は
なんとか「走る」ことには成功したけど
どうにも「止まる」ブレーキは
まだ着いてない

体制も態勢も煮詰めれてないウチに
見切り発車しちゃいました
例えるならそんな感じ

今エンジンを切って
走ることを止めたところで
自ら止まることができない「原発号」は
自然の摂理で止まるまで何万年もかかっちゃう

それでいいの?

「原発」は止めるけど
「原子力研究」は国が責任をもって続る
言うは簡単ですがそんなの机上の空論じゃないかなと

「原発」っていうのはね
クサイ(キケン)けど甘い蜜(金)を出す
「原子力開発」という木に成る『美味しい果実』

甘い蜜を確保したいから
『美味しい果実』がずっとはえるように
国は水や肥料(研究予算)を与えて育ててるワケ

「原発」を止めるっつうことはただの裸の樹で
はたして国がお金だしてまで裸の樹を
育てていくかどうか怪しくて
しかたがないのよ

「脱原発」を叫ぶヒトらは
この国が「原発」なき後になっても
「核のゴミ」の問題を今まで以上に頑張ると
どんな根拠があってそう思えるのか教えて欲しいのデス

税金を納める側も使う側も
「責任をとるシステム」が未熟なこの国で
核のゴミがほったらかしになるのがアタシはイヤなのデス



----->゜))))彡



■「ケイザイ」の話



「原発」を止めたら
「風力」も「太陽」もまだだから
必然的に石油燃料が高騰してる中で
もう先の見えてる「火力」に頼らざるを得ないワケ

いくら節電しようと
どんなに努力したところで
江戸時代レベルに戻らない限り電気は必要で

必要な量の電気を賄うために
必要な量の電気を発電するために
とりあえず燃料費がかかる「火力」を回せば
必然的に「電気代」が高くなるのはもはや周知の事実

「脱原発」を叫ぶヒトらは
料金が高くなったって構わないと
経済が悪化しても仕方がないっていうけど
どの程度の「悪化」を想定してるのか教えて欲しいのデス

市場に出回るモノは
機械モノから生モノに至るまで
多かれ少なかれかならず電力を要します

料金の負担増は
そうした全ての生産者にかかり

価格に反映することができす
呑み込めない企業は倒産しか道はなく

価格に反映することができても
売り上げが落ちれば利益は縮小するんで
やがて体力のない企業から廃業を余儀なくされる

景気の後押しのないインフレは
更なる市場経済の冷え込みを呼ぶわけで
市場経済の破綻に国の税収入は大幅に減少となる

そんなボンビー政府が
「核のゴミ」の研究費を捻出するために
増税なんて話になればもう想像を絶する大不況ぢゃないかと

「今の世代」には
そう大きな影響がなくとも
「子や孫の世代」になるころには
日本自体が倒産してるかもしれないのデス

アタシならそんな住みにくい国を残されても困るのデス



----->゜))))彡



■「セキニン」の話



ココまでチャラ~ンと読んでもらえれば
よほど読解力がないヒト以外には伝わったカナと

「原発」を動かせば「健康リスク」が発生するけど
「原発」を止めれば今度は「経済リスク」が発生するのデス



ココでアタシのモヤモヤは爆発しますよーっ!



「脱原発」を叫ぶヒトらは言うのです
「自分の利益の為に原発を動かすことを肯定し
 放射性廃棄物を子孫に押し付けるコトはできない」 と

「脱原発」を叫ぶヒトらは言うのです
「これ以上核のゴミを増やさないためなら
 電気料金の高騰だって不景気だって甘んじて受ける」 と

「脱原発」を叫ぶヒトらは言うのです
「これまで無関心に放置してきた責任をとる覚悟がある」 と

「脱原発」を叫ぶヒトらはこう云うのです
子や孫の次の世代の健康リスクを回避するために
自分らの今の世代としては経済リスクは背負う覚悟がある と



で、ココで1つ考えてしまうワケ



「安全神話」を「神話」たるために
「安心」のための研究をすることすらしてなかったコトを

世に原発ムラといわれる地域に奇形が多いとか
発ガン率が高いかというとそうではなかったというコトを

放射能が生み出す「健康リスク」って
全てが消えてなくならない限りそんなに大差ないコトを



「原発」を止める以外の選択枝は本当にもうないのか と



「原発」は動こうか動かまいが「健康リスク」が残るけど
「原発」を止めてしまえば高確率で「経済リスク」は発生する
いや高確率なんてもんでなくて確実に「今の社会」ではなくなる

「バブル世代」なアタシは
よく後輩に「想像もつきませんよ」と云われるが
それに比べようもない経済格差を生む確立がハンパないかと



「脱原発」を叫ぶヒトらに聞きたいのです

原発を止めた今の世代が受ける経済的な負担なんて
子や孫の世代が受けるだろうリスクに比べたら
「屁」みたいなモンなんぢゃない?

「脱原発」を叫ぶヒトらに聞きたいのです

自分の足元の健康的な不安要素を解消するために
子孫の世代に自分らでは想像もつかないような
経済リスクを課してもエエのですか?

「脱原発」を叫ぶヒトらにこう訊きたいのです

子や孫の世代に自分が居るとしたらドッチがよいか
趣味どころか食うにも困る荒れた日本で本当によいのですか?

そんな不健全なセカイでも
放射能による健康被害が心配なんですか?



そんな「バトン」を次の世代に渡すのでエエんデス?



----->゜))))彡



■「センタク」の話



思い出して欲しいデス
原発「事故」のことを「事象」だなんて
クサイ言葉遊びで隠そうとしていたあの日のことを

天災への備え(被災の想定)を含め
人災による被害が出て当たり前の杜撰な管理の会社

有事の際に民間レベルで
どうにもなるはずがないのはわかってるのに
責任のがれと保身に一生懸命で過ちを認めようとしない国

数多の有名人も
汚染地区からの住人の避難や
被爆後の保障をしようとしない無責任さを訴え
為されないからこそ脱原発を叫びだしたんぢゃなかったっけ



もしもだよ。。。



あの日あの時
迅速な対応と正確な報道と
的確な避難&隔離に十分な補償があったら

今みたいなコトに
なってないんぢゃないかなと
思ったことはありませんか?いや思いませんか?

見直すべきなのは
「原発」の存在そのものですか?
それとも「原発」を動かすための体制&態勢?



アタシも「今」の「原発」は危ないと思うのデス



昨年の3.11
そのあとのフクシマ
あれら教訓を生かそうともせず
同レベルの災害にすら満足に対応できそにない
想像力と応用力に乏しい原発をそのまま再稼動させるなんて

何十年も前につくった
初期ロットのエンジンのような
不確かで不安要素イッパイのものを継続稼動するなんて

自殺に等しい行為としか思えないし
とんでもない話なんでこの前の再稼動には当然大反対

もし自分の街に
にそんな施設が出来るとなれば
俄然座り込みでもなんでもすることでしょう

でも、もしそうでない
なんとかしようと考えに考え
出来る範囲で一生懸命精一杯対策した
そんな施設が出来るというのなら話は別かもしれません

核のゴミを含め
原発を生み出した先の世代から
知らぬ間に考えぬ間に受け取ってた「核のバトン」

子や孫の次の世代に
想像を絶する経済リスクだけでなく
ハンパに放置される懸念すらある「バトン」を渡すくらいなら

自分等の足元の
健康リスクの不安要素なんて
それこそ覚悟を決めて受け入れるという
そういう選択枝は本当にナイモノ、イケナイモノなんでしょうか?



志向の指向があまりに偏っていませんか?



----->゜))))彡



■「コノサキ」の話



絶対安全な「原発」はムリですが
いままでより安心できる「原発」はムリではないのデス

そら確かに
今の科学や技術力では
放射能を無毒化することは出来ないし
事故の際に高濃度の放射能の中で動けるロボットすらない

そんな中で
未曾有の津波対策ってコトで
バカみたいに高い防潮壁をつくっても意味ないし
山の上に施設を引越しや新設するってのも非現実的な話

でも今の科学や技術力でも
施設の外壁を強化し耐震レベルを上げたり
電力の供給がなくてもシステムが止まらない様に
余裕で長時間バッチリな自家発電施設を追加するとか
自動で水密扉が閉まるような防水機能を追加する体勢整備

それでも防げないような
すごい自然災害が起こったときは
正しい情報伝達と素早い避難で難を逃れれる態勢整備

更に有事には
放射能の囲い込みや閉じ込め
漏らさない散らさないを大命題にする
被害を最小限に食い止めるための体制整備

これらの「耐性」整備なら
今の科学や技術力で十分可能なんデス

電力会社とこの国とが
この「耐性」整備に真剣に取り組むのなら
取り組むだけでなく機能することが担保できるというのなら

旧いモノは旧いと認め
新しいモノを最先端の技術で造り
ソコには一切の妥協も逃げも隠れもないというのなら

ここまでするというのなら
ここまでできるとみんなが思えるなら
「原発」を続けていくことは「アリ」だと思いません?
「核のゴミ」の未来のためにもむしろ「必要」だとすら思いません?



「原発」を続けるコトで
経済が安定し「研究」が続けれるコトで
高濃度の放射能でも作業可能なロボットだけでなく
コスモクリーナーだって開発できる日がくるかもしれないのデス

冗談抜きで
前の世代から受け取り
次の世代に渡す者として考えるなら
災害や失敗や失策があっても「改めて続ける」覚悟
「脱原発」ぢゃなくって「改続原発」という道をあえて選ぶ覚悟



「未来」のための「覚悟」って、こういうのはナシなの?



----->゜))))彡



■「ワリアイ」の話



最後になりまして
エネルギー政策の話しですが
いつまで火力で発電し続けるのでしょう

日本中の全ての乗用車を
プリウスに乗り換えたって吊りあわない
そんな非エコな昭和の発電システムに頼っててエエの?

そら風力や太陽エネルギー等
ステキな自然エネルギーの選択肢はあるけど
コストも性能もまだ未熟で稚拙なんだもん無理無理無理

自然エネルギーが
軌道に乗るまでの間のつなぎに
「原発」があるという考え方はないのでしょうか

そう!
原発を止めるより
止めるべきなのは火力発電
求めるべきなのは国のホンキの責任
進めるべきなのは人災なき原発と天災への備え
目指すのは原発と自然エネルギーとのハイブリット化

「原発だけに頼らない」
そんなエネルギー供給スローガンを
他人事でなく個人の問題として根付かせるコトこそが
後世に恥じることのない「核のバトン」の渡し方だと思うのデス~



・・・ なんて



----->゜))))彡



こんな議論をしてるのを
ここまで討論をしてきているのを
ドコでもカシコでも見たことがないもんですから
スッキリ「脱原発!」って叫ぶことがアタシは出来ないのです

そら「止めれば解決」なんて思ってません
もちろん「何かしなければいけない」とは思ってます
「コレまでと変わらなくてはいけない」とも考えています

ホンネ出で云えば
「脱原発」でも「改続原発」でも
しっかり議論を交わして納得して進むなら
アタシは正直ドッチがドッチでもエエんですけどね



今はなんか「勢い」で進んでそうな気がして恐いのデス



----->゜))))彡



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原発マンセー時代の非原発論弾圧の逆みたいナ

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コメント

『核の冬』を若い頃に読んで、原子力に興味を持ち、昨年の人災では、炉心溶融がすぐに浮かんだけど、たちまち自己消化させて考えないようにしてしまいました。

ポンさんの言われるように、いきなり”脱”は、代替策の無い今現在は最善の選択では無いないことに賛同です。


東海村で、バケツ事故が起こった当日、たまたま栃木のH社に出張で行っていました。

翌日に事故のことを報道で知り、結構距離離れていて良かった、なんて甘い気持ちでいられたのですが、今は、自分の現在のことだけでなく、子供たちのさらに未来に対し、我々がなすべきことを真剣に議論する時であると、私も考えます。 伊藤(繁)

投稿: 伊藤(繁) | 2012.07.17 21:59

ドーモです
拙い駄文で申し訳ないデス

アタシが言いたいのはソコでして
「脱原発」だけでは結局「核ゴミの処分」が残る
「核ゴミの処分」まで含めて「脱原子力」いや「卒原子力」
という選択肢が「ドッチにも」「まったくない」今の流れはちょっと怖いです

投稿: ポン | 2012.07.18 01:06

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